個人的に今年1番衝撃を受けたと言うととても薄っぺらい印象になってしまうのですが、
面食らってしまった展覧会の1位は旧東京都写真美術館、現TOP Museumの「杉本博司 ロスト・ヒューマン展」です。

杉本博司は1970年代からニューヨークを拠点とし、〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉などの大型カメラを用いた精緻な写真表現で国際的に高い評価を得ているアーティストです。
近年は歴史をテーマにした論考に基づく展覧会や、国内外の建築作品を手がけ、空間デザインや寺社仏閣のリノベーションのプロジェクトや舞台とアートの融合に参画されるなど、幅広い分野で活躍されています。
自分の周りに杉本さんファンが多いので、好意的な視点で見てしまいますね。


この展覧会では3部構成の形を取っています。
シリーズ<今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない> 3階展示室

「今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない」という杉本自身のテキストを携え、文明が終わる33のシナリオ(《理想主義者》《比較宗教学者》《宇宙物理学者》など)と共に、遺物と化した歴史や文明についてのインスタレーションを巡り歩きます。
これは2014年パレ・ド・トーキョー(パリ)で発表し、好評を博した展覧会"Aujourd'hui, le monde est mort [Lost Human Genetic Archive]"を東京ヴァージョンとして新たに制作したものです。
自身の作品や蒐集した古美術、化石、書籍、歴史的資料等を33のシナリオと共に展示しています。
現実にはありえないと一笑してしまうような滑稽な物語を連続して見ているうちに、
固定概念の上に成り立つ文明や認識、現代社会について再考する瞬間があります。

面白いのがこれらのシナリオの文字ですが、33人の異なるアーティスト、芸能人、作家、建築家…などに協力していただいて文字を書いてもらったそうです。

このインパクトが強烈過ぎて、私は写真作品を見にきたのにブラックユーモアの遊園地に来てしまったのか、、、と錯覚してしまうほどでした。

シリーズ<廃墟劇場> 2階展示室 
<廃墟劇場 Abandoned Theater>は、1970年代から制作している<劇場>が発展した新シリーズ。
アメリカ各地の映画鑑賞環境の激変などから廃墟と化した映画館を探し出し、スクリーンを張り直し、作家自ら歴史の終わりを主眼に選んだ映画を投影し、上映一本分の光量で露光した作品。撮影時に上映した映画について、作家自らの解説文が付されています。

8×10大型カメラによる長時間露光。
1回で撮ったのか、何度も撮り直したか…は分かりませんが、そんな発想全く思い浮かばない。
スクリーンに映るのはすべて「真っ白」な空間。
かつて栄華を極めた映画館という娯楽の空間が、現代においては廃墟と化し、いずれ忘れ去られてしまう。
朽ちていく空間と、白く輝くスクリーンのアンバランスさ。
そして、暗室のように暗い展示室にピンライトであてられた照明。
「映像」という技術が世に生まれてから、時を越えていくほどに、インスタントなものに、普遍的なものになり、もはや「箱」が必要なくなる…。

今回の作品展示には「時間」という概念を強調するような作品が多かったです。

シリーズ<仏の海> 2階展示室
京都 蓮華王院本堂(通称、三十三間堂)の千手観音を撮影した<仏の海>の待望の大判作品による新インスタレーションです。
神聖化された寺社仏閣においては基本的に撮影禁止が多いですが、7年かけて撮影交渉をされたそうです。
一面に並べられた観音像の数の力に圧倒されました。
三十三間堂なのかな、と気づくまでに、暫し時間がかかりました。
「廃墟劇場」の裏側に展示されていたのですが、ひんやりとした空気が、より一層作品の持つ静謐さを協調しているようでした。
超平面的な世界の中に見る極楽浄土。
かつてメディアという媒体がない時代に生きていた自分たちの祖先は、仏像や曼荼羅を通じて過去と現在を見据え、死後と言う未来に希望を馳せた…
巡り巡って絵画から写真、映像という技術革新の末に大量消費社会が到来し、それから150年程が経った時代に生きている私たちの時代に起きているデジタル化という事象。
イメージはいくらでも加工し変化を加えることができると生まれながらに知っている世代ではありますが、それでも時の流れは止めることができない。
全ては固有のものではなく過ぎ去るものである。
そんなことを、この展覧会を通して感じました。

杉本さんのインタビューがこちらに載っているので興味のある方はぜひ。。