踏切の鈍い高音が宿酔の夏の頭に響く。いつまでも開かないような錯覚に微睡見ながら電車の影を蜃気楼の中に探す。今年もまた猛暑が続くと今朝のキャスターが爽やかな笑顔で告げていたのをぼんやり思い出して少しがっかりした気分になった。夏の始まりはいつだって、少しの期待の前にその暑さに白旗を上げたくなってしまう気持ちにさせる。今はもう子供ではないから、夏休みなど「存在しない」、そうひとりごちて少しだけ笑う。それよりオフシーズンを狙って秋休みを取る方が得策だから。8月に休みたくなる気分なんてとっくの昔に忘れてしまった。今はただこの炎天下の空から逃げ出して、涼しい部屋に戻って、白いビニール袋の中に入っているシャーベットを食べたい。カンカンカンカン。これで、もう5分。いったいいつになったら開くんだろう。

ファー

という警笛が鳴って白い車体が横切っていく。通過中は一瞬だけ踏切の音がかき消される。タタン、タタンというバスドラのような振動が身体を貫く。白の中に青が流れるその瞬間、神奈川方面に繋がるその線を、ぼんやり眺めてこう思う。

 

どこかにいきたい。

 

漸く開いた踏切を渡って商店街を横切る。左側にはビラを撒く人。緑色の襷をしている。今日は休日だからいつもより人出が多い。けれど北口は南口ほどの混雑はない。最近では住みたい街に毎年ランクインしているらしい。でも暮らすにはそんなに良い街という訳ではない。第一、道が狭い。これは行政の問題だけれど、周りの路地を見ても車道ですらない道が沢山あって夜中にタクシーで帰る時はなかなか面倒な時がある。特に最近じゃ道を知らない運転手が多いから口で説明しても中々思い通りに連れて行ってくれない、そのくせカーナビで調べたりもしない。東京の道はわかりづらいから仕方ない、のかもしれないが、そこで商売するのであれば多少は勉強してほしいと思う。

そんなことを考えながら最近オープンした天然素材で作っているドーナツ屋の行列を横目で見る。この街に来る人たちは、多少なりともなにかわくわくしたものを探しにやってくるらしい。原宿ほど突き抜けてはおらず、渋谷ほどギャルはいない、銀座ほど高価なものはなく、吉祥寺ほどオーガニックやこだわりがあるものもない、阿佐ヶ谷ほどカルチャーカルチャーしてもいない、強いて言えば高円寺が一番似通っているような気がするが、おいしいラーメン屋は少ない。

 

この街に引っ越してきたのに大した理由はなかった。それまで住んでいた東中野のマンションがオーナーの気まぐれにより立て直しをすることになり、夏の間に出ていかなければならなくなったからだ。

最初は目黒の不動産屋に行った。何となく、大人らしいというか住みやすそうという直感からだった。しかし目黒駅周辺には予算に見合う物件がなかった。

そしてたまたま立ち寄ったこの街で、たまたま入ったエイブルで、たまたま紹介してもらった物件に一目ぼれた。

薄桃色の壁に入口にはかわいいランプ。オートロックで玄関にはそれぞれ表札代わりに絵が飾られている。メゾネットで中に階段があり空間が分離されているので居間と寝室が分けられているのが良かった。

値段は安いとは言えないが払えない値段ではなかった。とにかくすぐに決めなければならなかったので、その場で決めて契約してきた。

その街の雰囲気に、正直言うと少し期待していた。かわいいカフェもたくさんあるし、おいしいスープカレー屋も何軒もある。そして駄菓子屋のある商店街。少しノスタルジックな気分にさせてしまうこの街に、ずっと住みたいと思えるようなマンション。確かにいい部分もあるが、何より人ごみが嫌いな性分なので、土日は世界中から面白そうな何かを求めてやってくる若者の波を避けて外出をしなくなってしまった。

それでも住めば都、駅からそんなに遠くもないし、ヘアサロンなら掃いて捨てるほどあるし、一日中遊んで暮らせる本屋もあるし、伝説のライブハウスもあるし、おいしい焼き鳥屋だってある。たまにはテレビや舞台で見かける役者がふらふら歩いているところに遭遇したりもする。飾らない街。そこがこの街の魅力だ。

ただこんな風に暑い日はいわゆる開かずの踏切といわれる代物に辟易したりもする。

大体ローソンさえあれば自分の生活は完結できると思うくらいコンビニエンスストアは便利だから、遠出なんてしなくても生きていけるのだけど、たまにはちゃんと料理もしたいので、踏切を渡った先にあるオオゼキにも行く訳だ。

ローソンの角を右に曲がると緩やかな坂道がある。夏の暑い時期にはすこしきつい。蝉時雨に多少びくつきながら足早に駆ける。夏の何が嫌かというと死にかけの蝉だ。7年も土の中で地上に出れるのが7日しかないというと憐れのように感じるが実際終わり方がひどい、死骸かと思いきやのた打ち回るその姿はどうにも好きになれなかった。

「ただいま」