あいたむblog

ワインと音楽とアートと写真が好きなあいたむの日常。 たまたま見つけた誰かのために残しておくメモ。

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年末年始になると行きたくなる街、浅草。
観光客が多いのでストリートスナップを撮りやすいためしばしば遊びに行きますが
年の瀬の全体的に高揚感のある風情が好きで毎年大晦日に訪れています。

毎年行くことはほぼルーティンで、
まず年越し蕎麦をランチに食べ、
浅草演芸ホールから公会堂の前を通り傳法院通を歩き、
仲見世通りから浅草寺に参拝に行っておみくじを引くのが決まりです。
今年は大吉を引きました。やったー。

おみくじを引いたら待望の人形焼き巡りです。

いつもは亀屋さんの人形焼を食べています。
亀屋
 http://www.asakusa-nakamise.jp/store/pop.php?sid=74
伝法院の手前にあるお店です。
こちらの人形焼は皮が非常に薄くて餡がびっしり入ってるところ!
焼きたては少し香ばしくて大好きです。あと袋が可愛い。
人気があるのでいつも並んでます。並んでいると甘い香りが漂ってきてたまりません。
日が経つとしっとりとしてきます。

今回は冒険して他のお店の人形焼を食べてみました。

ハトのマークの木村家人形焼本舗
http://www.asakusa-nakamise.jp/store/pop.php?sid=79
亀屋さんの少し先、浅草寺よりにあるお店です。
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こちらはややしっとり系の柔らかい人形焼でした。
鳩・五重塔・提灯・雷様の4種類の焼き機で焼いています。
あんなしのカステラ焼きもあります。
撮影している間、フランス人の男の子が窓にへばりついて、
「食べたい!食べたいよパパ〜〜」と泣いていました。泣くほど食べたかったのね・・・

木村家本店
http://www.asakusa-nakamise.jp/store/pop.php?sid=92
浅草寺から一番近いところにあるお店です。
帰りに行くとすごい誘惑で食べたくなります。
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こちらの人形焼が一番カリッカリでした〜!
私はカリカリ系が好きなので好み〜〜。
1日おくとしっとりしてきます。
あんなしの人形焼も用意できるみたいです。
http://www.kimura-ya.co.jp/  
唯一HPがありましたので紹介します。

人形焼を食べ歩き、なんてとっても楽しかったです。
ちなみに仲見世通り商店街には他にも揚げ饅頭、雷おこしのお店がたくさんあって、
こちらも食べ比べしてみても楽しそうだな〜と思いました。

近々また行ってこようと思います。 



今年の目標。
フィルムで写真撮る。

自分が写真に興味を持ったのは、やはり祖父の影響が大きい。
自分の祖父はカメラが大好きだった。
亡くなって遺産整理でかなり早い段階でコレクションされたカメラは売却されてしまい、ショックが大きかった。
失意の中、たまたま開けた引き出しの中に
(絶対にそんなところにカメラがあるはずないのに)
見つけ出したOLYMPUS 35 RC。
不思議に思って、こっそり持ち出した。

そのカメラを手にしたまま、ずっと使っていなかったのだけど、
一昨年赤城耕一さんから、
「せっかくだからそのカメラで撮ってみなよ。」
と言われ、
去年MOTOKOさんから、
「あなたにはフィルムが合っているのかもしれない。」
と言われ。

奇しくも去年はプレビューによる恐怖を味わい続けていたので、
その場で確認できないことは、自分にとっては気楽に思えたのだった。

前に書いた恵比寿の大沢カメラでフィルムを買って、少し見てもらったら
電池で動く部分はもうだめらしく、絞りもF8以上は開かなくなってしまっているらしい。
そこで新宿のオリンパスサロンでこのカメラが実際に動くのか見てもらった。

シャッターは切れそうだったけれど、フィルムの入れ方もよくわからないので、
教えてもらおう、と思った。

45年前位のカメラを持って行って、動きますかね?
なんて、よく考えたらおかしい話だけれど、
オリンパスの社員の方はとても真面目に見てくださった。

マニュアル撮影ができるカメラなので、
多少いろいろいかれてしまっていてもなんとか撮影はできるようだった。
 
自分にとってはF8だと暗いな〜。。。って少しがっかりしたけど、
逆にシャッタースピードやISOでなんとか調整すれば、曇りや晴天なら撮れるような気がした。
そして色々覚えるいいチャンスになるだろうと考え直した。

実際にシャッターを押してみると、
もうそこにはいない祖父が、
カメラと一緒に側にいてくれるような、不思議な感覚に陥った。

自分が求めていたことは、こういうことなのかもしれないと思った。

2017年の目標は、
フィルムで写真を撮ること。
そして、今まで絵空事で終わらせていた「夢」に一歩でも近づくこと。
いつか、日本のいろんなところに住んでいる、たった一人で生活している、年老いた人々にとって、一瞬でもいいので、これがあって良かったねって思ってもらえるものを作りたい。
それはサービスでなくてもいい。
この5年ずっと同じことを考えていた。
それはなんとなく今のウェブサービスの主流の概念とは少し違うのかもしれないとも思う。
でもやってみたい。
できるかどうかは全く分からないけど
言葉にしていくことで、どこかの誰かが拾ってくれることを、何となく分かっているから。
そういう風に思えたのも、写真を撮るようになって、色々気づかせてくれたから。

これはやはり、祖父のおかげだと思う。
 


いつも楽しく拝見している
弐代目・青い日記帳 
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=4579
さんの
2016年 展覧会ベスト10を拝見し、
自分もとても心に残った展覧会について、
書き記しておこうと思います。 

とはいえ、順位をつけられるような審美眼は持っていないので、
また見に行きたい展覧会だった、という観点で
考えてみました。
個人的に思い入れがある埼玉県立近代美術館の企画展と、写真展が多いです。 


・「カマキン」最後の展覧会 鎌倉近代美術館 鎌倉館
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2015/kamakura_part3/

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閉館前のラストの展覧会。
日本で最初の公立近代美術館として、意欲的な展示と収集・保存を行ってきたことが、
コレクションから浮かび上がるような、本当に素晴らしい展示でした。
研究・収集・展示・保存…美術館の原理原則について、熱意のある活動を行ってこられたことが、
浅い自分でも理解できました。

・原田直次郎展-西洋画は益々奨励すべし 埼玉県立近代美術館
http://www.pref.spec.ed.jp/momas/?page_id=327
1ヶ月強の会期の短い展示でしたが、とても話題になっていました。
そして、36歳という若さでこの世を去った作家の、意欲的な作品の数々に、
100年ぶりの個展という事実に、胸を打たれました。

・ジャック=アンリ・ラルティーグ 幸せの瞬間をつかまえて 埼玉県立近代美術館
http://www.pref.spec.ed.jp/momas/?page_id=330

ラルティーグの160点のプリント。
1/3は本当に幼少の頃の、ドキドキするようなワクワク感のある記憶の瞬間の連続。
それは彼の個人的な体験のはずなのに、
なぜかとても普遍的な子供時代の記憶のように自分ごとの映像として
追体験できるのが何故なんだろうと思いました。
いつまで見ていても飽きない、とても楽しい時間でした。

・ライアン・マッギンレー BODY LOUD !  東京オペラシティ アートギャラリー
http://www.operacity.jp/ag/exh187/
日本の美術館では初の個展だったそうです。
オペラシティのギャラリーのとても広々とした透明な空間の中で、沢山の人々の裸を見ました。 
とても不思議な体験でした。
極限状態の中に置かれた裸体は「人間」のそれではなく、
時に単なる物質的なものに見え、
時に神や妖精のような神々しさもありました。
洪水のような裸のポートレートは、「人間であることの肯定」
という真逆の印象を受けました。

・木村伊兵衛 パリ残像 美術館「えき」KYOTO
http://www.kyotodeasobo.com/art/search/museum/isetan/kimuraihee-paris#.WGf1wraLTHc

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木村伊兵衛がブレッソンやドアノーらと一緒にパリを歩いて撮影した130点の写真群。
撮影時期は1954年、55年。
フランス特有の言葉で「フラヌール(遊歩者)」という概念がありますが、
とてもシンプルな目線でパリの日常を切り取っています。
自分は、自分には、多分撮れない。本当にそう思いました。
今から70年位前の人が、しかも東洋人が、こんな風に街並みを、
人々を透明な心で撮れるものなんだろうか…。
そんな風に思いながら見ました。

・KYOTOGRAPHIE 2016 Circle of Life|いのちの環
http://www.kyotographie.jp/2016portal/outline
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KYOTOGRAPHIEは正しくはKYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2016 という名称であり、
写真がお好きな方は時間があればぜひお勧めしたいイベントです。
個人的には、アルノ・ラファエル・ミンキネン氏の
YKSI: Mouth of the River, Snake in the Water, Bones of the Earth
が非常に印象に残りました。
マッギンレーの表現するヌードとはまた異なる表現のヌード。
そして建仁寺 両足院を舞台にした展示が死生観をより一層際立たせ、
とても神秘的な印象をもたらしていました。

・ガレの庭 花々と声なきものたちの言葉 東京都庭園美術館
http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/160116-0410_galle.html
エミール・ガレの展覧会は毎年なんらかの形で開催されているかと思いますが、
今回はオルセー美術館蔵のガレのデザイン画も同時に公開されるとあって、
貴重な展示が多数ありました。
また、庭園美術館のアールデコ建築にぴたりと合致する作品たちは、
白い展示室に置かれる以上に、見事な調和をもたらしていて、
贅沢な時間を過ごすことができました。

・PERFORMING FOR THE CAMERA TATE MODERN
http://www.tate.org.uk/whats-on/tate-modern/exhibition/performing-camera
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前回も書きましたが非常に見応えのある展示でした。
カメラのために演じるということ、パフォーマンスするということは、どのような効果をもたらすのか?
翻って、撮影者と被写体と鑑賞者という三者にどのような影響をもたらすのか、どういう影響をもたらしたいのか、ということを深く考えるきっかけになりました。
写真には現実でありながら、虚構の世界を作ることができるということ、
簡単に自分以外の誰かになれるということ、
自分の中の何かを引き出すことができる装置だということ、
そんなことを考えることができるようになりました。

・ トーマス・ルフ展 東京国立近代美術館
http://thomasruff.jp/
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こちらもこの前書いたけど、やっぱり後からじわじわくるというか、
またもう一度みたい展示でした。
来年金沢21世紀美術館で再度展示されるということで、また展示室の作りも異なる空間で
(円形になっているあの空間で)
どのように作品の印象が変わるのか、自分で見てみたいな、という気持ちになりました。
わかりやすいテクノロジーとの融合という観点とは少し異なる視点で、
こじらせている感じの雰囲気、好きです。

・ 杉本博司 ロスト・ヒューマン展 TOP MUSEUM
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-2565.html
杉本さんのインタビューを見つけたのでご紹介します。
http://www.topmuseum.jp/contents/images/eyes/eyes87.pdf
メディアに対する考え方について、今年は様々な形で、アーティストや美術館の展覧会側が
こういう道筋なのではないか…ということを提示していたような気持ちになります。
或いは、自分が知らず知らずのうちにそのような展示を求めていたのかもしれません。
今まで普遍的にあったものが或る日突然消えてしまうことは特別なことではなく、
日常の延長線上に可能性として存在していること。
そして自分たちもまた消滅する運命にあること。
その時にただ、メディアだけは、ゆらゆらと残り続けていくんだな…
そんなことを考えました。

振り返ってみると本当に写真展ばかりでした。
というか写真展がとても良かったと思ったのです!

行列になる人気の展覧会にも足を運んだのですが、より印象が深く残ったのは上記でした。
2017年も空き時間を見つけてちょこちょこ来訪してみようと思います。 

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それぞれの職業論がある中で、
ディレクターも、100人いれば100通りの、
仕事論があると思っています。

ディレクターという仕事について、気づけば10年。
この業界に就きたいという若い人たちとお話しする機会も増えました。
最初からディレクターになりたいと言ってこの業界に入る人は多くないと思うけれど、
これからこの職種に就きたい、または就くことになった人に、
僭越ながら自分が大事にしていることを書いてみます。

・観察眼を持とう
「一流の企画者とは!」
という言葉で、自分はよく叱られた。
今となっては、叱ってくれる人がいたことはとても幸福なことだと思う。
この仕事で大事なのは、人を、よく観察すること。
叱ってくれた人は、どんな風に仕事をしているか?
一緒に仕事する人は、何をされると嫌がるのか?
どんな風に動けば、認めてもらえるのか?
そして、今を生きている人(将来お客様になるかもしれない人)は、何を大事にしているのか?
全てが無駄に見えることも、本当は、全てが繋がる。
今を見ること、見続けること、目をそらさないことがとても重要だ。

・黒子になろう
まず、何のための仕事なのか、それを認識することが大事。
誰しも所属する何処かにとって大きな成果を上げる必要があるとすれば、
自分が関わる全ての人に、その成果を還元できるように自分が動く必要がある。
ディレクターという仕事は実はとても地味で地道な努力を、し続ける必要がある。
実はここが一番大事なのに、ここを軽視する人が意外に多い。
インターネットという空間は、実は人が作っている。
人と人とのコミュニケーションは、適当な態度で伝わるわけは、ない。
どんなに努力していても、独りよがりでは伝わらない。
人を大事にしない人は、人に泣くことになる。
自分がどう動けば、他の人同士をスムーズにつなげることができるか?
それを考えるのが大事だと思う。

・幸せな瞬間は、忘れた頃にやってくる
労働の中で発生する多くの時間は、あまり面白くはない。
でも、面白くない時間の積み重ねをどれだけ真面目にできるかが、大事なんだと思う。
働いている日々の中での達成感はほんの一瞬かもしれない、
でも、ほんの一瞬は、必ず、やってくる。
その一瞬を味わうと、多分、やみつきになる。


ディレクターという仕事は、本当に自分を成長させてくれました。
本気で泣いて怒って笑って、そんな仕事に就くことができたことと、
まったく仕事ができない自分を暖かく見守ってくれた皆さんに心から感謝を申し上げ、
2016年を締めくくりたいと思います。

年が変わればなんとなくフレッシュな気分になりますが、
これまで自分が歩いてきた道は決して一人では歩けなかった道で、
縁した人のおかげだということを忘れずに、
自分が本当にやりたいと思っている目標に少しでも近づくことができるよう
これからも地道に歩んでいきたいと思います。 

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12/25だ!
2016年も残り6日。

今年はカメレオンのように日替わりで色々な事をしていた気がする。
KYOTOGRAPHIEのスタッフを今年も手伝ったり、
埼玉県美のサポートスタッフも2期目で新しくガイドツアーのデビューしたり、
六本木アートナイトのツアーガイドで新たな人々との出会いがあった。

一方で、写真についてもかなり色々と動きがあった。
PHAT PHOTOの写真教室に通ってみたり、
様々な展覧会やギャラリーを見に行ったり、
機材も一眼レフにだんだんと慣れてきたり、
ただ押すだけでいい写ルンですに逃げたり、
フィルムをゼロから始めてみたりした。

音楽は気分転換を超えて、ライブの音が本当に楽しく感じて、
沢山いろんなフェスに行った。

そしてワイン。
私の人生にはワインが必要だ。
かのウィンストン・チャーチルは、こう言っている。
"In victory I deserve it...In defeat I need it."
まさにその通りで、
何かを達成した際には祝杯を、
何かに挫折した際には心を沈める一杯を、
必要としている。

2016年は自分にとってはとても重要な年だった。
彩ってくれたのは上記に挙げた4つの項目と、
それを補うための旅だ。

旅は人生を豊かにしてくれると思う。
移住したいとまで恋してしまう街もあるけれど、
たまに訪れるくらいがちょうど良いのだと思う。

大嫌いでも恋しくなる街、パリ
来る度に新しい発見がある街、京都
そして、最近お気に入りの洗練された街、ロンドン

華やかな大都市は、一見紋切り型で面白くないとバッサリ切り捨てる人もいるけど、
私は街の匂いや人々の生き方、人生観はやはり全く違うと思っているし、
東京と違うことをより感じることができて好きだ。

もちろん、都市ではない町に行くのも楽しい。
人気のない風光明媚な場所で、波音を聞きながら、
これまでのことやこれからのことを考えたり、
見たこともない魚や野菜の味にチャレンジしたり、
その場に住む人々との会話を楽しんだり。

どれだけ仮想空間での体験が成長したとしても、
インターネットでは現状絶対にできないことが2つあるとしたら、それは
「嗅覚」と「味覚」の補完で、
これだけは、その場に行かないと味わえない

ネットで全部を知った気になっているだけで、
実際は全く違っていることなんてザラにある。
物事は全て生き物のように絶えず変化していて、
誰かが書き残した情報はその時点で「過去」であるのだから。

これまで自分が「人々をハッピーにする」サービスを作るという目標があったとして、
「コミュニケーションベースによる人々の意思疎通を促すサービス」、
という観点では、ある程度達成できたと思う。
その上で、自分がまだ課題に感じている
「人々の生活の向上を促す為のサービス」
という観点では、課題が多いと感じることがある。

5年前にあったらいいなと思った漠然としている未来の世界は、
5年たってもまだ到来していないし、
それをどうしたら達成できるかということをまだ考え続けている。
2017年は、その目標に近付くために、新しい挑戦をする年にしようと決めている。

その考えに辿り着くことができたのも、
教育普及という概念を知ったことや、メディアの魅力や可能性に気づいたことや、
リアルに生きている人々との交流があったことが非常に大きくて、
とてもよかったなと思っている。

何より自分は何がしたくて生きてるのか?何をしていきたいのか?
ということを改めて認識した。

それは自分が一人では気づくことができなかったことで、
沢山の人との出会いや、会話の中で育まれたことだ。

すごいことがしたいわけではないけど、
自分は自分ができることを、伝えたいことを、地道に行っていきたいと思う。
 

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